インド最初期仏教 覚え書き 備忘録

現上座仏教教団(スリランカ タイ ミャンマー等)が保持するパーリ語経典(上座部仏教の所蔵の論蔵アビダルマ、三蔵外の 清浄道論は除く。)からの引用による最初期に当たる、一般人の為の仏教入門紹介。

在家一般人の仏教徒にブッダ在世当時に釈尊が布薩の過ごし方(一般仏教徒の仏教への接し方)を説く。part5

前回の続きです。

ヴィサーカーよ、そして、その聖者の弟子はこのように深慮します。

①『阿羅たちは、命ある限り、殺生を断ち、殺生より離れ、鞭を置き、剣を置き、恥を知り、哀愍に至り、あらゆる生物、生類へ利益と憐愍ある者たちとして住する。

私もまた、今日、この夜、この日、殺生を断ち、殺生より離れ、鞭を置き、剣を置き、恥を知り、哀愍に至り、あらゆる生物、生類へ利益と憐愍ある者として住する。

私は、この支分に関しても阿羅漢たちに従う。私にとって布薩はなされたものとなるだろう。

②阿羅漢たちは、命ある限り、偸盗を断ち、偸盗より離れ、与えられた物〔だけ〕を取り、与えられた物〔だけ〕を期待する者たちとして、不盗取の、清浄となった自己をもって住する。

私もまた、今日、この夜、この日、偸盗を断ち、偸盗より離れ、与えられた物〔だけ〕を取り、与えられた物〔だけ〕を期待する者として、不盗取の、清浄となった自己をもって住する。

私は、この支分に関しても阿羅漢たちに従う。私にとって布薩はなされたものとなるだろう。

③阿羅漢たちは、命ある限り、非梵行を断ち、梵行者、遠離行者、婬欲と卑行より離れる。

私もまた、今日、この夜、この日、非梵行を断ち、梵行者、遠離行者、婬欲と卑行より離れる。

私は、この支分に関しても阿羅漢たちに従う。私にとって布薩はなされたものとなるだろう。

④阿羅漢たちは、命ある限り、妄語を断ち、妄語を離れ、真実を説き、真実に従い、正直な、誠心の、世に対して欺きなき者たちとなる。

私もまた、今日、この夜、この日、妄語を断ち、妄語より離れ、真実を説き、真実に従い、正直な、誠心の、世に対して欺きなき者となる。

私は、この支分に関しても阿羅漢たちに従う。私にとって布薩はなされたものとなるだろう。

⑤阿羅漢たちは、命ある限り、飲酒を断ち、飲酒より離れる。私もまた、今日、この夜、この日、飲酒を断ち、飲酒より離れる。私は、この支分に関しても阿羅漢たちに従う。私にとって布薩はなされたものとなるだろう。

 ⑥阿羅漢たちは、命ある限り、一食者となり、夜食を慎み、非時食を離れる。私もまた、今日、この夜、この日、一食者となり、夜食を慎み、非時食を離れる。私は、この支分に関しても阿羅漢たちに従う。私にとって布薩はなされたものとなるだろう。

⑦ 阿羅漢たちは、命ある限り、舞踏、歌、音楽、演芸を見ることと、華鬘、香、塗油をつけること、装飾、荘厳の状態より離れる。

私もまた、今日、この夜、この日、舞踏、歌、音楽、演芸を見ることと、華鬘、香、塗油をつけること、装飾、荘厳の状態より離れる。

私は、この支分に関しても阿羅漢たちに従う。私にとって布薩はなされたものとなるだろう。

⑧阿羅漢たちは、命ある限り、高床大床を断ち、高床大床を離れ、草の臥床、あるいは敷具のうえに臥処をなす。私もまた、今日、この夜、この日、高床大床を断ち、高床大床を離れ、草の臥床、あるいは敷具のうえに臥処をなす。

私は、この支分に関しても阿羅漢たちに従う。私にとって布薩はなされたものとなるだろう』〔と〕。

ヴィサーカーよ、このようなものが聖者の布薩です。

ヴィサーカーよ、このようになされた聖者の布薩は、大きな果報あり、大きな利益あり、大きな光輝あり、大きな遍満あるものです。

どれほど大きな果報あり、どれほど大きな利益あり、どれほど大きな光輝あり、どれほど大きな遍満あるのでしょうか。

たとえばヴィサーカーよ、ある者が、多くの七宝をそなえたこれら十六大国の自在な支配、王権をなすとしましょう。すなわち、

アンガ国、マガダ国、カーシ国、コーサラ国、ヴァッジー国、マッラ国、チェーティ国、ヴァンガ国、クル国、パンチャーラ国、マッチャ国、スーラセーナ国、アッサカ国、アヴァンティ国、ガンダーラ国、カンボージャ国の。〔しかし〕そのことは、八支を具えた布薩の十六分の一にも値しません。

それはなぜか。ヴィサーカーよ、人界の王権は、天の楽に比べれば哀れなものだからです。

 ヴィサーカーよ、およそ人界の五十年、それが四大王天の一昼夜です。

その夜による三十夜が〔一〕月です。

その月による十二ヶ月が〔一〕年です。

その年による、天の五百年が四大王天の寿量です。

しかしてヴィサーカーよ、ここなる一部の女性あるいは男性が、八支をそなえた布薩に入ったならば、身破れて死後、四大王天の眷属へ生まれ変わるであろうという、このことは道理として存在します。

ヴィサーカーよ、これを意図して、このことが言われたのです。

『人界の王権は、天の楽に比べれば哀れなものである』〔と〕。

ヴィサーカーよ、およそ人界の百年、それが三十三天の一昼夜です。

その夜による三十夜が〔一〕月です。

その月による十二ヶ月が〔一〕年です。

 その年による、天の千年が三十三天の寿量です。

 しかしてヴィサーカーよ、ここなる一部の女性あるいは男性が、八支をそなえた布薩に入ったならば、身破れて死後、三十三天の眷属へ生まれ変わるであろうという、このことは道理として存在します。

ヴィサーカーよ、これをも意図して、このことが言われたのです。

『人界の王権は、天の楽に比べれば哀れなものである』〔と〕。part6へ続く。______________________________________________

これがもし人間に生前、認識できたのなら誰も悪いことはせず、五戒を守って生活するでしょうね。